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2012年5月 9日 (水)

【小説】いつか想いが届くまで

 人の魂を地獄へ送ると言われている神がいる。死を司り、狙われたら逃げる事は出来ない。そんな神がいる。人はその神を死神と呼んでいた。

死神達は常に孤独だった。誰かに愛されることもなく褒められることもなく与えられた仕事を淡々とこなしていく。天界に上っていく魂を邪魔して狩り、地獄へ落す。
時には生きている人間にもその眼が行くとも言われ恐れられていた。
しかしここに少し毛色の違う死神がいた。
彼の仕事は少々特殊だった。
ある条件を満たした魂しか狩らない。
彼に狩られた魂は決して地獄へ落ちる事は無い。
天界で大切に扱われるのだ。
そして今日も人間達の魂を狩るために地上へとやってきた。
大きな三日月形の鎌を持つ代わりに真っ白な羽根で出来た網を持っていた。フードを目深に被り夜の闇へと溶け込む。

闇が濃ければ濃いほど彼の持つ網は鮮やかだ。
良く見ると彼のフードの胸元には白い天使の羽が施されていた。これは天使の使いの標。
天使から与えられた仕事だけをするのだが、何故彼は死神として魂を狩っているのか。
狩るというより網で掬っている。
彼はある特定の魂だけを掬う。他のモノには見向きもしない。
感情の無い眼。今宵は月明かりが眩しい。

今宵は満月だったのか。こんな日は自分の出る幕はない。死より生が強い今宵は時を持て余すだろう。誕生が無ければ肉体を持たない魂もこの世界から無くなる。誕生が無ければ自分の仕事は無いのだ。
ふと彼の纏う空気が緩んだ。そう見えただけかもしれない。仕事の無い日はいつもなら地上に長居はしない。

しかし今夜だけは違った。
誕生する魂を横目で見ながら月明かりの下を漂うように散歩する。
彼の顔に特別な感情は無いように見えた。
孤独な運命を渡されてから心に重い蓋をして死した魂を狩る。
それが与えられた仕事。ただ今宵はちょっとした神のいたずらだったのかもしれない。
気まぐれな神は彼にも平等に気まぐれだった。

気付けば満潮の海に来ていた。波に月の光が反射して美しい。何と自分に不釣り合いな場所なのか。波に映った光を網で掬ってみた。
にじんだ光は波に不鮮明になるだけだった。
月明かりに眩しさを感じながら波の上を漂う。
生の勢いに少々目眩がする。岩場の陰で一休みをしよう。岩の上に佇む彼は自分の立っている岩の下に何かを見つけた。
風に揺れている可憐は薄紅色の一輪の花。
僅かな隙間にひっそりと咲いていた。
花の名は何と言うのだろう。
自分の狩っている魂と同じ色。
そんな花を見ていると遠い昔を思い出す。

ずっとずっと昔彼にも大事な愛しい少女がいた。
人間だったあの頃。ずっと見守ってきた。瞳の大きな可愛らしい少女だった。
いつまでも傍で笑っていられると思っていたのにそれは叶わぬ夢となってしまった。
その少女と出会ったのは彼が5歳の時だった。
玄関前に置き去りにされていた赤ん坊。それが少女との出会い。
その時から一緒に過ごしてきた。本当の妹のように思っていた。
彼女の成長が楽しみだった。手を繋いでよく湖に散歩に出かけたりもした。
自然が大好きで花が大好きな普通の女の子。
彼女が成長するにつれ、些細なことで喧嘩もした。
喧嘩の原因はいつも他愛のない事だった。
喧嘩をしても時間が経てば仲直りをしていた仲の良い二人。

その日も同じように始まった兄妹喧嘩。
少女は家を泣きながら飛び出して行った。
いつものようにすぐに帰って来るだろうとあまり気にしていなかった。
しかし少女はその日に限っていつまで経っても帰って来ない。
さすがに心配になり探しに出かけるが見つからなかった。
幼い頃よく散歩に出かけた湖に足を向けた。
湖の畔には少女の片方だけの靴と足を滑らせて湖に落ちた後だけが残されていた。泣いていたため足元が疎かになっていたのだろうか。
慌てて湖に飛び込み少女を探したが見つからない。
数日後湖で浮いている少女が見つかった。もう二度と目を開ける事は無かった。
それは少女の笑顔を見る事が出来なくなってしまった事を意味する。
少女の身体を抱きかかえ天に向かって叫ぶ。
「神様どうかこの少女の魂を連れて行ってください。たった15年しか生きられなかった。私に出来る償いがあるなら何でもします。この少女をどうか・・・。お願いします」
一心に願った。後悔しても自分を責め立てても少女は還って来ない。
自分はどうなっても良い。彼女が天界へ行けるなら。

そんなことを思い出していた彼は我に返った。
今宵は長居しすぎた。何故いつもと違う行動を取ったのか分からない。これが神のいたずらだったのかもしれない。
死んだはずの心が痛んだ。忘れたくても忘れられなくて無理やりに封印してしまった心が少しほころび始めてしまった。
恨まれていると思う。もっと生きたかっただろう。それを兄である自分が奪ってしまったのだから。何故あの時追いかけなかったのだろう。何故もっと早く探しに行かなかったのだろう。悔しくて自分が許せなくて、何度も何度も心の中で少女に謝り続けた。
少女と同じ色の魂を狩り、天界に上げる。天界には狩られた魂が大切に保管されている。
再び新しい誕生へと向かうために。
少女と同じようでいて違う魂は幾度となく誕生を迎えた。
自分が奪ってしまった少女の魂の傷はまだ癒せない。せめてもの罪滅ぼしにと同じ色の魂を彼は狩る。いつ終わるとも知れない仕事を延々と続ける。
少女は許してくれるだろうか。自分勝手な心は許されることを望んでしまう。
一度ほころび始めた感情はどんどんあの時の気持ちを溢れさせる。
岩の下で揺れる花を見ながらいつの間にか頬を流れる熱いものにも気付かない。

一心に神に祈ったあの時。突然目の前が真っ白な光に包まれそのまま気を失った。
ふわふわと漂う光の波に身を任せ夢を見ていた。自分の目の前に天使がいる。
『この少女は不幸な事故にあった。少女の魂は貰い受けよう。これほどまでに美しい魂は見たことがない。それはあなたが注いだ愛情によるものだよ。それだけは誇りに思うが良い。自分が許せないと言うのなら私の与える仕事をするか?二度と人には戻れない。それでも良いと言うのならこの少女と同じ色の魂を死神となって狩ってくるのだ。
あなたの狩った魂はこの少女の元へと届けられる。少女が自分の死を認め何もかも受け入れる時までそれは続く。それでも?』
人で居る事に何の未練もなかった。少女がいない世界に何の意味があるのだろう。
二つ返事でその仕事を引き受けた。
あれからいったいどのくらいの年月が流れたのかもうすでに分からない。10年経ったのか100年経ったのか。妹はまだ何かを迷っているのだろう。突然訪れた自分の死を受け入れられず苦しんでいるのかもしれない。
自分が泣いても少女は救われない。
今夜は満月。生への力が強い。それに影響されたのか、彼の心は少女の心を追いかける。
そして月に祈る。
『早く少女の魂が安らかな時を向かえます様に。彼女の笑顔をもう一度見たいのです。私の事を覚えていなくても良い。むしろ忘れてしまった方が良いのかもしれない。』岩の上に両膝を付き項垂れて涙を流した。
どれほどの時間が経ったのか。ほんの一瞬だったかもしれない。
目を開けるとそこには薄紅色の花が儚げに咲いている。まるで少女のように。
風に揺れているだけで何も語ってはくれない。
ただそこに存在するだけだ。

そろそろ帰らねば夜が明けてしまう。
こんなに長居をしてしまったことは初めてだった。
気ままな神のいたずらに付き合うのも偶には良いかもしれない。自分を振り返り戒めるためには。
再び心に重い蓋をしてその表情を隠し、いつもの死神としての彼がそこにはいる。
彼はその場から踵を返す。
彼の消えた後には一輪の可憐な花が風に揺れていた。
まるで何事もなかったように元の静寂がそこにあるだけだった。

彼は薄紅色の魂を探し出しそれを狩る。
狩られた魂は少女の元へ送られ再び新しい命として生き返る。
送られた魂は彼の心となって少女に届けられ、
転生された新しい命は彼女の魂を少しずつ癒
していく。そう教えられた。

これからも彼は薄紅色の魂を狩る。永遠ともいえる時間の中で。
いつか少女の魂が安らぎを覚え満たされることを願ってやまない。

『兄さん、私は兄さんを恨んでないか無い。兄さんは十分苦しんだわ。もう私から解放されても良いと思う。ねえ、聞こえる?私はもう十分に癒されたの。最初は戸惑ったけれど、兄さんを恨んだりした事無かった。早く私の声を聞いて。ずっと呼びかけてるのよ。もう苦しまないで』

心を閉ざしたままでは聞く事の出来ない声無き声。
この少女の声を聞きとらない限り彼は今のまま。
癒されないのは彼の心。傷ついて傷がふさがらないのは彼の方。
少女は今日も呼びかける。
『兄さん、もう苦しまないで』
『早く私の声に気付いて』と。
                了
                          2010年7月13日

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こんなの書いてたんですねえ。
こっ恥ずかしい(^_^;)。
これ多分ここが初出かな。
改行等読みにくい所は後々修正します。

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