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2012年6月11日 (月)

【小説】ホタルのいる川

 「ただいまあ」と玄関を開け元気な声で返ってきたのは小学3年生の俊太郎だった。
玄関からリビングにバタバタと慌てて入ってきた。
床に手提げ袋を放り投げ、濃紺のランドセルを肩から外しながらトイレへと駆け込むのが最近の日課になっている。
この頃は蒸し暑く初夏を思わせるような陽気になってきた。
ランドセルを背負っていた背中は薄っすらと汗をかいている。
母親に学校を出る前にトイレに行ったらいいのにと言われているものの実行した事は無い。
「ふう~。間に合った」と言いながら洗面所へ向かい手洗いうがいを済ます。
おやつを食べ、ジュースを飲み、自分の好きなDVDをセットして一息つき、やっと学校の宿題をやり始める。しかしDVDが気になり一向に進まないのもいつもの事だった。
集中してやれば30分もかからない宿題を1時間ほどかけて終わらせた後、天気の良い日は外に飛び出していく。一度飛び出したら母親に声をかけられるまで家には帰って来ない。そんな日常が当たり前の事だった。

夕暮れ時、母親にもう帰ってきなさいと声をかけられ一緒に遊んでいた友達に「またね」と挨拶をして家に入る。
汗だくの俊太郎はすぐにシャワーを浴びるように言われて渋々シャワーを浴びに風呂場へ向かう。
それが終わると夕飯を食べて後は寝るだけ。

そんなある日、夕飯も食べ終わった頃、飼い猫の白夜がバタンバタンと何かを追い回していた。それを見た母親は虫でも追いかけているのかと思い気に留めず夕飯の後片付けをしていたのだが、俊太郎は白夜の行動に興味を持ち、傍に寄って行った。
白夜の追いかけていた物が分かった途端、俊太郎は大声を出した。

「お母さん!ホタルがいる!」

母親はすぐには信じられなかった。近所にホタルがいるという話は今まで聞いた事が無かったし、俊太郎はホタルを見た事が無かったはずだ。そう思いながら片づけを中断しそれを確かめるために俊太郎と白夜の傍へ行く。
それは俊太郎の言うとおり一匹のホタルだった。
母親は確認すると同時に慌てて声をかけた。「俊太郎!白夜を押さえておくからホタルを救出して!」と母親に言われた俊太郎はホタルをそっと自分の手の上に乗せた。
ホタルのお尻はピカリピカリと光りを放っていた。
「ねえ、俊太郎、部屋の電気を消してみようか」と言いつつ母親はリビングの明かりを消した。光は俊太郎の手から離れ部屋をふわふわと移動し壁に止まり光っていた。しばらく部屋の中でホタル狩りを楽しむ。
しばらくするとホタルは全く光らなくなってしまった。
そこで母親は部屋の明かりを点け俊太郎に話しかけた。
「このホタル、逃がしてあげようか。もしかしたら仲間が裏の川にいるかもしれないよ」
「うん」と大きな返事をして俊太郎は再び自分の掌にホタルを載せた。
靴を履き玄関を出て裏の川へ向かう。いつも遊んでいる公園の向こうには小さな川が流れていた。ホタルはこの公園から逃がすことにする。母親と一緒に公園まできた俊太郎はホタルが自分の手から離れていくのを見ていたが母親の声で川の方へ目を向けた。
そこには小さな光がふわりふわりと漂っていた。
「俊太郎!ホタルがいるよ。数は少ないけれどあっちにもこっちにも!あ、そこにもいるわ」弾んだ声が俊太郎の耳に届く。
「本当だ。ホタルだ。すごいね」俊太郎もしばらく声も出さずこの光景を眺めていた。
ずっと見ていたいと思うけれど、明日はまだ学校のある日だ。寝るのが遅くなると朝起きるのが辛くなる。
「俊太郎、そろそろ帰ろう。また明日見に来よう」と言ってこの日は家に帰った。

翌朝、俊太郎は毎日一緒に登校する同級生の男の子に昨夜見たホタルの事を話して聞かせた。話を聞いた男の子はホタルを見た事が無いから自分も見てみたいと俊太郎に話したようだ。
その日の夕飯も済み、後片付けも終わった母親に、ホタルを見に行ってみようかと誘われて、外に出てみたら近所の人達が公園に集まっていた。どうやらホタルの話を聞いたらしいご近所さんが見に来たようだ。
俊太郎は「僕、タックンにしか話してないよ?」と不思議がっていたようだが、そのタックンから母親へ伝わり、母親からご近所へと話が広まったようだ。やはり珍しいのだろう。
公園から川の方へ目を向けるとそこには淡い光を放つものや時折強い光を放つホタルが飛んでいた。昨夜より数は少なくなっていたけれど、やはり身近にホタルを感じられる事がうれしい。昨年の今頃、この川にホタルが飛んでいたのだろうか?
誰もが思っていたけれど、それを確認出来ないのが残念な気もする。もしこの川にホタルが住んでくれるのなら来年もその翌年も今日と同じようにこの幻想的な光を見る事が出来るかもしれない。子ども達と一緒にこの川を、ホタルを守っていきたいと思う。
忙しい日常を小さな光が忘れさせてくれる大きな存在に期待しよう。

「お母さん、来年もホタル来てくれるかな」

そんな純粋な俊太郎の言葉に「きっと来年も見られるよ」と言葉を返す。

来年も再来年もその翌年も、精一杯生きる力を光らせているホタルの住む川になって欲しいと想いを巡らせるのだった。
                 (了)
               平成22年9月10日

**********
初めてホタルを見つけた時に書いたものです。
実際こういうやり取りがあったかどうかはご想像にお任せします(笑)。

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コメント

いつもキラポチありがとうございます。
また、「うさぎの里」にたびたびお越しいただき、ありがとうございます。

 読ませて頂きました。ねたましくなるくらいの文才をお持ちのようで、羨ましい限りです。

 ただ、うさぎさんの好みを言わせて頂ければ、

> 公園から川の方へ目を向けるとそこには淡い光を放つものや時折強い光を放つホタルが飛んでいた。昨夜より数は少なくなっていたけれど、やはり身近にホタルを感じられる事がうれしい。

のところは、ホタルの数は少なくなったものの、見る人は増えているわけですから、もう少し書き込んでもいいのではと思いました。、クライマックスの場面ですので、もっと印象的な描写があってもいいかなと。

これは、個人的な意見ですから、気にしないでくださいね。

それでは、今後ともよろしくお願い申し上げます。

うさぎさん

いらっしゃいませ\(^o^)/。
こちらこそいつもありがとうございます。

うさぎさんの書かれる文章も素敵です。
イラストもあってほのぼのです(*^。^*)。

感想ありがとうございます。
勢いに任せて書いているだけですので…。
ご指摘はうれしい限りです。
まだまだな私ですがこれからも感想やご指摘宜しくお願いします♪

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