リンク

« 一輪の花プラス | トップページ | 暑くてぐったりです »

2012年7月 9日 (月)

【小説】暑中見舞い

 暑中お見舞い申し上げます、そう書かれた1通の葉書が今年も舞い込んできた。
年々年賀状すら書かない人も多くなる中毎年律儀にこの時期に送られてくる。
少し癖のある綺麗な字。私は彼の書く字が好きだった。
学生の頃「字だけじゃなくて僕も好きになってよ」と冗談でよく言われた。

彼にとっては冗談だったけれど私は本気だった。本気で彼が好きだった。
彼の傍にはいつも可愛い女の子が寄り添っていた。
そんな人に自分の気持ちを言えず、そのままそれぞれの進路に従い自然と離れ離れになってしまった。

私は就職を期に独り暮らしを始めたけど、新しい住所は友達にも教えていない。
それなのに届く暑中見舞い。もう今年で5枚目。
これは一人暮らしを始めてから同じ数。
本人に聞けば良いのに私からは一切連絡をしていない。
こんな葉書が来るから忘れかけていた感情が呼び覚まされる。
気付いてはいけない。忘れなければならない。
もしかしたら結婚しているかもしれない。可愛い子どもがいるかもしれない。
そう思うと私からは連絡を取る事が出来ないでいた。

そして今年も届いた私の好きだった字で書かれた暑中見舞い。
捨てられずまた一枚増えた彼からの葉書。
葉書がきて初めての休日、気分転換も兼ねて買い物へ出かけた。
歩道橋の向こうから見知った人物が歩いてくるのが見え足を止めた。
夏服ばかりの人の中で白い長そでのワイシャツをひじの下まで捲りあげている。仕事の途中なのだろうか。どんどん距離が近づいてくる。
とうとうその人物が私の前で立ち止まった。

「久しぶりだね。元気そうで良かった」

そう言った彼は最後に見たときより大人びてでも笑顔はそのままで。
やっとの思いで「久しぶり」と小さな声で答えた。
つい左手の薬指に視線が行ってしまう。
細いシルバーリングが光る。
「あ、結婚した?」それを言うのがやっと。今にも溢れそうな涙を必死で耐えた。
「結婚はしてないよ。好きな子はいるけどね、なかなか振り向いて貰えなくて。
その子に僕の書く字が好きって言われたから毎年暑中見舞いを出すんだけど梨のつぶて。諦めた方が良いのかな?」
堪えていた涙がうれし涙に変わった瞬間だった。

***********
三題話のお題:「夏真っ盛り」「橋」「夏服の人」 800字程度で。
という限定された中で書いたものです。今は無きテキスポより。

« 一輪の花プラス | トップページ | 暑くてぐったりです »

書きもの(小説等)」カテゴリの記事

コメント

いいお話ですね。(短くて済みません)

うさぎさん

感想ありがとうございます♪
励みになります。

軽いストーカー?

pooさん

はい?そんな要素は考えておりませんよ

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【小説】暑中見舞い:

« 一輪の花プラス | トップページ | 暑くてぐったりです »